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「祖母の葬儀と家族の入信」 17グループ:鈴木康夫


 常生寺・17グループの鈴木康夫です。
 今回は、祖母の葬儀の縁から、家族を入信に至らしめた体験をお話し致します。

 それは、平成25年8月10日、土曜日の朝7時頃です。たいへんな暑い日でした。暑さで眠りから覚め、下の階の居間に降りて、氷を入れた水を一杯飲んで、さてこれから勤行をするか、それともクーラーを入れてもう一度寝るかとの誘惑で、選択を迫られていたときに、私の父(75歳)から電話が掛ってきました。
 私の祖母(父の母)98歳が息を引き取ったというのです。
 祖母は今年に入って、寝たきりになり川口の安東病院に入院していました。喉の障害から話ができず、また口から食べられないため点滴でした。月に1、2度見舞いに行っていました。孫の私のことが分かっているのか、よく判りませんでしたが、いつも笑顔でうんうんと答えてくれました。私が元気になるように南妙法蓮華経を唱えているよ、と耳元で言うとまたうなずいてくれました。7月から体調が悪くなり生命力が落ちていくのが分かりました。
 私は大学時代から、蕨の祖母の家に二人で住み、卒業して就職、その後結婚して妻が同居し、子供ができるまでの約七年間を生活を共にしていました。そういう点で孫5人のうち私が一番縁が深いのでした。
 私が入信したのは、祖母を残し忍びないながらもその家を出て数年後で、妻の父に勧められてちょっとお寺に行こうといわれ、はいそうですかと御授戒を受けました。
   さて未入信の父に電話で「お願いです。お葬式は日蓮正宗で出したい」、「おばあちゃんも喜ぶはずだし、確かそうしてほしいと言っていた」などと話し、父は「いきなりそんなこと言うなよ」と言いながらも了解してもらいました。
 その後、妻と私の実家に行ってから、父と2人で病院に行き遺体を引き取り、葬儀社に預け、遺体の安置所まで同行し、葬儀の打ち合わせをしました。

   話が前後しますが、ちょうど一週間前の土曜日に、法華講の友人Yさんが病気で亡くなりました。本人から生前に、死んだら後始末をお願いなー、と頼まれ、私はうっかりそれを引き受けてしまっていたため、病院の精算やお葬式で喪主を務め、役所とか銀行の事務手続きをしているところでした。その処理に協力してくれた、というか、全部やってくれた妻には本当にもう頭が上がりません。面と向かって言えないので、この場を借りて(妻に)ありがとうと言っておきます。

 そういうわけで、昨年義理の父を亡くしたときや、今回のYさんの経験から、葬儀についての打ち合わせでは、祭壇の飾り方とか棺桶のグレード、ドライアイスの個数について葬儀社に指示を出し、その場で常生寺に電話をして平野御住職様に経緯を伝え、葬儀の日時を決めていく息子(私)に、父は「コイツ頼りになるな・・」と、思ったかもしれません。
 そして父に「オヤジさんが喪主を務めるのだから、御授戒を受けないといけないんだ。それがルールだから」と伝えました。いままで何年も、お寺に誘うと両親は、暑いから涼しくなったらね、とか寒いから暖かくなったらな、とか、春は花粉が飛んでるからなー、などと、はぐらかされていたので、ここで決めようと思い、父に「このあと行こう。そういえばいつも忙しい御住職がきょうはいるから」と話し、さらに実家に着いてから母と、遊びに来ていた弟にも、一緒に御授戒を受けてほしい、今は良い座椅子もあるからと話し、弟と一緒に来ていた2歳の長男の昼寝から起きるのを待って、お寺に行きました。そしてお寺に着くと執事さんに、御授戒願いは後で書くのですぐやりましょうとお願いし、4人を前に座らせ御住職様にお出ましいただき、無事に御授戒をしていただくことができました。
 御授戒のあと控室で御住職様を囲んで歓談し、御住職様より両親と弟に、この信心をよく知って実践して幸せになってほしいとお話しいただきました。父も火照った顔でいつもは見ない笑顔で頷いていました。
 それが祖母の亡くなった一日の出来事で、折伏には勢いが大事だと思いました。
 これから何も分かっていない両親と弟を育成していくミッションを、仏様から与えられ身の引き締まる思いですが、切っても切れない縁ですから、その都度に妻にも頼んで信仰の大事を伝えていきたいと思います。
 その数日後、たいへんに暑い日でしたが祖母の葬儀は、平野御住職様の御導師のもと、執り行われました。祖母は大変綺麗な相で、亡くなる前の98のしわくちゃから20ぐらい若返ったようでした。御住職様に厚く御礼申し上げたいと思います。

 ご静聴ありがとうございました。
 





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