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「どん底から幸せに」 25グループ:川嵜 利彦


 常生寺・25グループの川嵜利彦です。今は山形県鶴岡市に住んでいます。
 私は平成22年頃、知人の紹介で無理矢理創価学会に入会させられ、ニセ本尊を3000円で買いました。しかし一生懸命学会の本尊にお題目を唱えても良くならず、鬱病になり仕事も失い、妻子とも別れ、大宮の母の住むアパートに転がり込みました。その頃から幽霊や幻覚を見るようになり、幻聴にも悩まされていきました。
 平成24年5月、私は知人を介して輪島さんと知り合いました。輪島さんと会ったその日、すぐに折伏され、創価学会を脱会、ニセ本尊を処分、法道院で御授戒を受けました。御授戒の後、本堂にいた皆さんが全員、笑顔で握手と挨拶をして下さり、そのあと食事会をしてくれました。皆さんとてもやさしくて安心しました。入信後、法道院で毎週勤行を教わりました。帰りはいつもカレー店などでお食事会をしてくれました。
 そんなこんなで少しずつ体調が良くなり、幽霊や幻覚も減り、夏には横浜に仕事(薬剤師)が見つかり、自分の住まいを借りることができました。
 入信して1年後の平成25年5月、五座・三座の勤行と1時間の唱題ができるようになり、法道院で日蓮正宗の本物の御本尊様を御下付頂くことができました。毎日家で勤行してから仕事をすることが楽しくなりました。輪島さんも定期的に来て仏壇の周りのゴミなどをチェックしてくれました。
 秋には松戸に転勤となりました。ちょうどその頃、輪島さんから電話で「実は常生寺に移籍したから、川嵜さんも常生寺に来なさい」と連絡があり、自分も常生寺に移籍しました。
 平成26年5月頃、赤羽に転勤になり、また大宮の母のアパートで同居をはじめ、輪島さんと部屋の掃除をしました。この時、部屋をネズミがたくさん歩き回っていたので、輪島さんから「まずはネズミの駆除をしなさい。」言われ、後日業者を呼んで駆除をしました。そして後日、行益御尊師に御遷座式を行って頂きました。
 平成26年6月の御講の日の朝、輪島さんが私の家にきて、予告も無しに母を折伏し始めました。輪島さんは、「お母様、利彦さんと一緒にお寺に行きましょう、お願いします。お願いします」と、それしか言いませんでした。輪島さんはひたすら畳に頭を擦りつけ土下座を続けました。
 母は宗教が大嫌いなので、最初は輪島さんに対して失礼な言葉や暴言ばかり言い続けていましたが、一時間くらい経った頃、母は突然身支度をはじめ「行きます」と答えたのです。 
   そして母もお昼の御講に参詣する事ができました。御講の後に平野御住職様に折伏してもらい、母は無事に御授戒を受ける事が出来ました。あれだけ宗教嫌いの母がなぜ入信したか不思議に思い母に尋ねると、「利彦、お前には昔から友達がいない。こんな利彦の友達になってくれて、面倒を見れる人は他にはいないからだ。」と言っていました。
 その年の11月、輪島さんと初めて大石寺に行く事ができ、あまりの素晴らしさにとても感動しました。
 平成26年12月17日、母は九十歳で永眠しました。斎場で行益御尊師に葬儀をしてもらい、輪島さん夫婦、丹伊田総代さん、鈴木総務さんにも参列してもらい、御焼香をして頂きました。母はとても綺麗な顔をしていました。
 平成27年に入ると転勤が多くなり、東村山、宇都宮、釧路と移り住みました。その都度輪島さんには部屋の掃除と御本尊様の御安置、預り寺院の手続きをしに来てもらいました。
 平成28年秋、山形県鶴岡市に転勤となりました。お寺は法樹院に預りになりました。
 法樹院は小さくて信者が少なく、若い人が全然いません。私は今56歳ですがそれでも若い方です。法樹院の御主管は、私を家族のように可愛がってくれています。お寺に行くといつもおにぎりや味噌汁などを出してくれます。また、毎月のお寺のお掃除やスス払いなど、お手伝いをするようになり、家族同様に過ごすようになりました。毎月の酒田市のお寺での広布推進会にも連れて行ってくれます。
 12月には母の三回忌を行って頂きました。年末にはお寺の大掃除やお正月のお供えなどを体験しました。
 今年は元旦の夜中の勤行にも参加し、御書を買って勉強もはじめました。仕事も順調です。法樹院の御主管はお体が弱いので、お薬の効能を私に聞いてきたり、私の職場(薬局)にもよく来てくれます。
 そして、御主管は「川嵜さんはこっちで再婚して、いずれはここのお寺の信徒になったらどうだい?」と、笑って言ってくれます。私も一緒に信心が出来る人と再婚ができるといいと願っています。今は山形でとても幸せに暮らしています。輪島さんが「夏に山形に遊びにいく」と言っているので楽しみです。
 





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